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芥川龍之介も思った。

昨日、中国の観光地のことについて書いたのですが、面白いことに、時代が違っても同じような感想を抱く人がいるもので、それがなんとかの文豪・芥川龍之介。

ということを、「特派員 芥川龍之介―中国でなにを視たのか―」(関口安義著、毎日新聞社、1997年)の中で発見し興味深い。


特派員 芥川龍之介―中国でなにを視たのか特派員 芥川龍之介―中国でなにを視たのか
(1997/01)
関口 安義

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芥川龍之介と中国といえば、彼が子供のころから漢籍をたしなみ、中国の古典から題材をとった作品を多数書いていることでも所縁の深さがうかがえるのですが、実際に芥川は1921年に大阪毎日新聞の特派員として中国を歴訪しています。

その120日間を中心に、芥川龍之介がどのように中国を視、中国での経験がその後の創作活動にどんな影響を与えたのかを、肯定的にとらえ、たどっていったのが本書。


なので、基本的には中国から彼が受けたよい意味での影響を描いているのですが、私が思わず、「おっ」と思ってしまうのはそういう本筋からはちょっと外れた観光地に対する芥川の印象でした。

たとえば最初に上海に入り、上海以外の訪問先として初めて訪れた杭州にて、西湖を旅したときのこと。
初日は夜に到着したため、月に照らされる幻想的な西湖に感嘆する芥川なのですが、翌日以降、船で湖を回ったりするうちに、「龍之介は次第にこの湖に反感を持つようになる」と著者は書きます。

水は淀み、湖畔には赤と灰色の風景ぶち壊しのレンガ建て。
あちこちに、古典書物の世界では当然描かれていなかった西湖の俗化を見てとり芥川は失望するのです。

いわく、「繊細な自然に慣れている日本人には不満」と。


その不満は、それ以降の数々の観光地にてどんどん降り積もり、最後には彼に、この国に対して「愛したくても愛し得ない」とまで言わせしめてしまうのです。


わかる。
わかるわ~。
その不満。



著者が指摘するに、彼が心の中で温めてきた中国文化へのあこがれのの気持ちが深かったために、現実を見てすっかり裏切られた気持ちになったのだと。


本書の中では、芥川が紀行文に書いたこのくだりに対して中国の大作家巴金の反論をを紹介しているのも面白く、要約すると、日本には音楽だって絵画だってまともな芸術作品がないじゃないかと。芥川の小説そのものだって形式があるだけで中身がない。「真の芸術家の重大な使命は、人類を結びつけることである」だって。




この両者のすれ違いは、まさに今日でも立派に通用する日中の差異の象徴でもあります。


名所旧跡を観光した芥川の違和感は、私たちが今旅行先で感じる違和感そのものであり、巴金の主張は、それに対して中国人が感じるであろう「ささいなことを」的な反応。


ちなみに、同書の中で、芥川は洛陽の龍門石窟については礼賛しているのだが、それこそ洛陽旅行に行ってきた私もかなり同意するところ。


つまり。
中国の観光旅行先で感じる、物足りなさというか、逆になんかこれトゥーマッチだよとか、これはないだろうとか、そういうのは、単に戦中、戦後の混乱の時期を経たから醸し出されるわけではなく、両国の文化の違いにも由来するんだなというのが、本書を読んでの新たな発見でした。


(が、本書のメインはあくまで、芥川が中国情勢をどう視て、それが彼の小説にどう反映されたかというところなので、そういうところに興味がある人は、どうぞこの本を手にとってみてください。)



中国を旅行して、いいな!と感じる名所旧跡は、だいたいにおいて石の建築物。
もしくは石そのものとか。
すなわち、自然そのものがなす絶景。
それか、規模が島国日本では考えられないほど大きいもの。=マクロ。


その反対に、ミクロなものはなんか駄目。
おおざっぱ過ぎて。
もちろん、昔のものには、こんな入り組んだ象牙の彫、どんな手があったら作れるんだ!!と思うような、すばらしく器用で繊細な工芸もあります。
でも、日本にもあるようなたぐいの建築物や物は、なんか保存、展示の仕方も含め、微妙。


だから、旅に行くならなるべく、日本では見られない規模のものを見に行くべきだというのが私の結論です。
この大きな大陸に、せせこましい尺度を持ち込んで一喜一憂してもどうにもならないのですから。
とまあ、自戒を込めて。


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コメント


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こんにちは。

はじめてコメントします。こんにちは。(いつも旦那様にお世話になっている研究者もどきです。)
芥川が憤慨したという西湖の風景、ほぼ同じころに同じ風景をみた中国文学研究者の青木正児は、芥川とまったく逆の感想を述べています。大意に曰く、西湖のほとりにぼこぼこビルが建っているのを日本人は嘲う。しかしそのビルはまさに中国の若きエネルギーが必要としているものなのだ。今を生きている中国人がそれを必要とするのなら、そのために百の西湖がダメになろうとなんであろう云々(『江南春』)。芥川の中国游記もおもしろいのですが、あれほど鋭い知性を持った芥川でさえ、自分の同時代中国人について、批判するにせよ一度は相手の立場を親切に理解しようとする、そういう点において「許しがたく欠けて」おり、「ついに大陸国民の苦悩を自己の問題として取りあげ得」ませんでした(武田泰淳語)。これは芥川個人の問題であるだけではなく、むろん日本社会全体の問題であり、近代以降の日本と中国の関係を相当程度象徴しているのかもしれません。
魯迅の『墳』という文集に「灯下漫筆」という一文があります。これは我々が中国を見る際の「オリエンタリズム」について考える際、ちょっと参考になる文章だと思います。
なおご存知かもしれませんが、巴金が芥川を「罵倒」した文章については、増田渉に「巴金の日本文学観」(同『中国文学研究』)という文章があります。巴金のこの文章は、「社会存在としての文学者がいかにあるべきか」、というような問題について日中両国に存在する差異、これを考える際になかなか示唆的なのですが、抗日戦争中に書かれたもので日本文学に対する評価など若干平衡を失しているところがあり(それも当然ですが)、現行の『巴金全集』には収録されていません。
ブログに書いておられる内容とは直接関係ないことばかりですね。すみません。

落水狗 | URL | 2010-01-15 (Fri) 02:21 [編集 ]


Re: こんにちは。

落水狗さま

ブログのぞいてくださってありがとうございます!

落水狗さんがコメントしてくださると、ブログ全体の偏差値(?)が20くらい上がるような気がします!!ご紹介くださった文献、手に入れば是非拝見したいと思っております。

ところで、「あれほど鋭い知性を持った芥川でさえ」というところが、ミソなのではないかと私はにらんでいて、日本にとって中国は古代から大恩を受けてきた国であり、文化的にははるかに進んだあこがれの先進国であったはずなのに、なぜ近代にいたり、中国に対しあのような振る舞いができたのか、ということを考える上での大きな参考になる気がします。

芥川の中国観の揺らぎは、当時の日本の知識人の対中観の揺らぎを象徴しているということはないでしょうか。そして、それが大きな後押しとなって、日本の中国侵略を推し進める結果になったのかもしれないと。そう考えるとたかが文化の違いで終わらない、本当に大きなギャップ(相手の立場に立てないくらいの)が日中両国の間には存在し、それは現在でも再び災いの種となる可能性があるということで、私たちはこのギャップにもう少し自覚的であるべきかもしれません。

特に魯迅の文章、気になります。
こっちでも中国語版なら手に入りそうですね。(それを読めるかどうかは別の話…がんばれ、自分!!)

今後とも、いろいろご教授願います!
また、居酒屋ろば子にも遊びに来てください。












ろば子 | URL | 2010-01-16 (Sat) 03:04 [編集 ]


お返事ありがとうございます。

お返事ありがとうございます。
近代以降の日本人の中国観には、中国の古典に対する尊敬と、現代中国に対する冷淡、甚だしくは蔑視という、相矛盾するふたつのベクトルが存在し、当の日本人自身がその矛盾を自覚していない、という問題があります(安藤彦太郎という人は、これを「中国認識の二重構造」と言いました)。たとえば中国古典についての研究で非常に優れた業績をあげ、また研究対象への深い愛着、尊敬を持っているような研究者が、同時代の中国に対して愛着。尊敬とは正反対の態度をとるということがかつては当たり前でしたし、今でもまったくなくなったとは言えません。漢文は読めるが現代漢語はダメという専門家が今でもいるというのは、このことのひとつの表現です。いま自分がむきあっている中国と自分の尊敬している古典世界とを、連続したひとつの歴史世界として見ることが、どうも日本人には難しいようです。しかもこの古典に対するあこがれが同時代中国への蔑視と同居した時、容易に「オリエンタリズム」へ転化するのでしょう。
中国を知るとはどういうことか、というのはとても大きい問題で、なかなかうまく解決できそうにありませんね。地道に勉強だけは続けて行こうと思いますが。
なおいろいろ引いた責任上(?)書誌情報的なものをあげておきますね。

青木正児の『江南春』は、今は平凡社の東洋文庫に入っているものが入手しやすいです。
武田泰淳の言葉は、「中国の小説と日本の小説」、初出は1950年、今は武田泰淳著・川西政明編『評論集 滅亡について』(岩波文庫、1992年)等に収録。
増田渉の文章は、同『中国文学史研究-「文学革命」と前夜の人々-』(岩波書店、1977年増補版)。この本は何年か前に重印されていたはずです。
安藤彦太郎の説は、同『中国語と近代日本』(岩波新書、1997年増補版)。

青木正児の本は日本の家にあるのですが、それ以外は全部北京の部屋に持ってきていますので、もし興味をお持ちでしたらお貸ししますよ。魯迅の『墳』はもちろん『全集』に入っていますし、単行本も簡単に手に入ります。これも日本語訳をこちらに持ってきています。

落水狗 | URL | 2010-01-17 (Sun) 02:01 [編集 ]


Re: お返事ありがとうございます。

落水狗さま

なるほど。揺らぎではなく、「認識の二重構造」というんですね!
ああ、面白い。
勉強の楽しさを思い出しました。
落水狗ゼミ生になりたい気分です。

ところで、本当に貸していただけるんですか?!

それでは、こちらからちょっと受け渡し方法など直接ご連絡いたしますね。

よろしくお願いします!!

ろば子 | URL | 2010-01-17 (Sun) 21:28 [編集 ]


 

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