北京の器【ブログ】

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この国に足りない人材

いまさらですが、正月休みに洛陽・少林寺に行ってまいりました。

旅の詳しい経過は、また別の機会に譲るとして、私は旅を通して、この国に絶対的に足りない、いや、むしろ制度として欠落しているある人材について思いいたりました。


この国には、伝統文化を受け継いでいる職人(等)がいない。


それは当然と言えば当然で、改革開放以前の新中国下で古いものが否定され尽くした結果、技術の継承が途絶えてしまうというのは想像に難くありません。


かくいう少林寺は、なんとなく綿々と武術の奥義が受け継がれてきたようなイメージがありますが、実はこんな風に武術が盛んになったのはここ2、30年の話。

1982年に、今やアクション大スターとなったジェット・リー(当時16歳)の映画デビュー作「少林寺」が公開されて大人気を博したことから、あれよあれよという間に周辺に何百校という武術学校が立ち並び、寺自体も今ではすっかり観光用としてきれいに整備されたのですが、映画を撮り始めるときには、なんと寺に僧侶は3人しか住んでいなかったというもっともらしいエピソードさえあります。


もちろん、古くは唐の時代、少林寺は唐の太宗李世民が隋の残党を征伐する際に、僧兵を出して李世民を助けたそうで、そのために以後皇帝からの手厚い保護を受け、栄えたといいます。
その頃は、僧侶たちも日々武術の訓練をし、試合なども行われていたとか。

しかし、時代がさがるにつれその隆盛は失われ、ついに近代にいたり、民国年間には軍閥等の争いの中、境内のほとんどの建物に火が放たれ全焼。貴重な文物が失われます。日中戦争の間には僧兵が抗日運動に参加したという話もあるようですが、戦後、文革時代にいたり、多くの僧が還俗させられ、残ってきたわずかな資料も破棄され、失われてしまったそうです。


ですから、ジェット・リーが出て来るまで、少林寺は廃墟に等しかったということ。
(ちなみに彼は、武術の全国大会で何度も優勝した実力者ではあったけれど、少林寺出身ではない)

今あるお堂も、中の仏像も、少林寺派の武術も、全部最近作られた新しいものだということ。
わずかに石碑だけは、それなりに古い時代のものもありました。


もちろん、各地に武術を学び伝える人はたくさんいたでしょうから、広い意味での中国武術の伝統的な流れを、今日の少林寺も受け継いでいるには違いないと思うのですが、私たちが想像するような、免許皆伝とか、一子相伝とか、門外不出とか、そういったたぐいのものはとっくにどこかで断絶してしまっているのです。


少林寺だけでなく、同じく立ち寄った中国で現存する最古の寺といわれる白馬寺でも、中の仏像のうち、本当に価値のあるものはみんな北京の故宮博物館からの借り物。

そうなのです。やはり文革中に失われてしまっている。

カーター大統領が洛陽を訪問する際、白馬寺を訪れるにあたって、中身が何もないと格好がつかないというので、はるばる北京から運ばれてきたのだそうです。


残りの仏像は、みな最近建立されたものなのですが…

これがまあ、遊園地のなんちゃって塑像にペンキで色を塗ったような代物で。


ガイドさんに「中国には仏師はいないんですか!」と青筋を立てながら聞くと、「中国では、ものを作ろうと考える人は尊敬されるけれど、実際に作るのは名もない現場の作業員で、それは別に尊敬されていません」とおっしゃる。

なるほどー。
作業員に仏教美術を求めても無理だよな~。


まともな仏像はないものか、検索をかけてみたら、ひっかかってくるのは仏像工場ばかり。
仏像工場って…

せめて、工房であってほしい。



ただ、クオリティは“ペンキ塗りたて”よりはずっとよいので、要はそういうものを購入するのにお金をつかわんということなのでしょう。


ガイドさんによると、中国の仏像は、日本のように木や金属ではなく、ねんどで作るのが主流だそうで、まったく同じではないのでしょうけれども、日本の仏師の方、一度中国のお寺を見に来てください。

技術交流とか、いろんな可能性がありそうです。





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