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婚姻は発想の転換

結婚して8年たちますが、婚姻というものを一言で表すとすると「異文化コミュニケーション」だと思います。


私の生まれ育った家庭と、ろば夫の生まれ育った家庭は、生活や教育レベルなどは同じようなものなのですが、ものの考え方という点においては正反対でした。

私の実家は常識を重んじる家。
ろば夫の実家は自由な家。


一見すると、私の方が自由人で、ろば夫の方が常識人なのですが、実は逆。
私は「かくあらねばならぬ」という思い込みが強く、かくあれなかった時の失望も大きいタイプですが、ろば夫はかくあらねばならないことなんかない、という人で、言っちゃえばLet It Be、諸行無常。インド人かお前、って感じです。


その考え方はきっと姑から受け継いだもので、日本にいた最後の2年間、私は姑と徹底的につきあい、何度も目から鱗っ!!と思ったものでした。(ありえない~ってのももちろんありましたが)


例えば、姑はそのまた姑と同居しているのですが、結構外出などについてうるさい。
宝塚ファンだった私と姑は、宝塚歌劇団の韓国公演にどうしてもいきたかったのですが、ついては家を2、3日あけなくてはいけないし、まだ小さかったこじゃるを私の実家にあずけなくてはならない。でも、大姑はそれをよく思わないだろうというので、そういう時の私は「子供を置いて追っかけのための海外旅行なんて、あり得ないよな~」とすぐにあきらめようとするのですが、姑はきっぱり「うそつけばいいじゃん」。


そうか…。
そうかも。

「ろば子さんは実家に帰るって言えばいいし、私はこじゃるを見送りがてら一緒についていくっていう」。

そうよね!
そうすれば誰も傷つけないわ!

姑の行動原理は、やりたいことがあるなら、やれる方法を合理的に考え出す。やれるよう手を尽くす。
それは「かくあらねばならぬ」の法則でがんじがらめになっていた私に、新たな視野と自由を与えてくれたのでした。



ところで、ここのところ姑イズムの薫陶を受けることもなく、ちいさいプリ子をかかえ、再びやりたいことをやることに及び腰になっていた私。

でも、そんなことをしていたら、子供が大きくなったころにはおばあさんだよ…と思ったのか、ろば夫が、私の背後で「やってみれば」とけしかけます。


例えば、私は酒の席が大好きなのですが、基本的に今はプリ子がいるから夜の外出ができません。
それでブーブー言ってたら、ろば夫はうちにお客さんを呼んで来た。

そうか!
飲み屋に行けないなら、自分ちを飲み屋にすればいいんだ!!


なんたる発想の転換!!



ということで、先週末は数名の方が遊びに来てくださり、うちですきやきやりました。
みなさんのお話、とっても高度で自分の勉強不足を痛感しましたが、久し振りに知的好奇心が刺激されました。
楽しかったです♪


ということで、私もやりたいことを子供にかこつけてがまんしたりせず、なんとか実現方法を考えていきたいなと、改めて思ったのでした。


さて、居酒屋「ろば子」で飲みたい方、お待ちしております。
老板娘ももれなくご相伴にあずかります。



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コメント


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おばあちゃんになってしまう

子育ての一段落を待って、やりたいことを我慢してたらおばあちゃんになってしまう・・・私、そうなりそう。でも、一方で今の生活を変えてまでしたい事もないな・・・これでいいのか、私?と思ってました。
したら、テレビでハードコアパンクの若者を撮り続けて14年という御歳74歳のおばあちゃんのことやってて、妙に励まされました。
その時になって、やりたいことを見つけてもいいんだなーとね。

dayko | URL | 2009-12-09 (Wed) 11:05 [編集 ]


Re: おばあちゃんになってしまう

dayko様

今はきっとやりたいこと=子育てなのよー。
だからそれを心ゆくまでやるべし、だと思います。

私は、プリ子を見ていると、このままもうちょっと大きくなるまでべったり一緒にいたいなーという気持ちと、そんなことしてたら、あれもできない、これもできないという気持ちの間でいつも揺れているのです。

よくばりなのかもしれませんね。

ろば子 | URL | 2009-12-10 (Thu) 16:38 [編集 ]


 

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