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首都における文化財損失の歴史を告発―「北京再造」

一見すると重厚で難解そうな都市計画についての学術本。
日本円で4830円という価格もさることながら、上下二段418ページという長さと豊富な図録に、ひるんでしまう人がいるかもしれません。
だが読み進めると、政治、人間ドラマ、首都の移り変わりと、さまざまな角度から味わえるノンフィクションだということがわかってくる――。

というのが、今回取り上げさせていただく『北京再造―古都の命運と建築家梁思成』(王軍著、多田麻美訳、集広舎、 2008年)。

北京再造―古都の命運と建築家梁思成北京再造―古都の命運と建築家梁思成
(2008/11/08)
王 軍

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24日、市内朝陽区「サロン・ド・千華」で開かれた第4回茶旅読書会にて、同書の“読みどころ”を、翻訳者の多田麻美さん自ら語ってくださいましたので、ご紹介します。
当日はのどを痛められたということでマスク着用の上でしたが、ハスキーボイスに熱を込め話される様子に、同書の翻訳者としてだけではない、北京の街への並々ならぬ愛着を感じました。

       多田さん


  
   ■    ■    ■


同書は、中国の建築学者梁思成が1950年代に提出した古都の景観を保存する都市計画プランを振り出しとし、それがどんな時代背景の中、どのような論争を経て、譲歩、敗退を余儀なくされ、現代の北京にいたるかを描いたもの。

著者は、新華社通信の記者で、現在は同社の発行する雑誌『瞭望』のデスクを務める王軍氏。
10年に渡る取材を、梁思成生誕100年を機にまとめ、2003年に出版しました。

全編を通じて、綿密な取材に基づく客観的資料によって構成されているのですが、その行間から滲む王氏の批判精神が中国の建築界のみならず、政治の矛盾をも照らしだし、読者を過ぎ去った時代へと引き込みます。

   
「王軍さんの取材動機は、どうして北京が今のような形になってしまったのか、ということなんです」と多田さんは言います。


オリンピックの際に、北京の古い町並みである胡同の取り壊しをめぐって地元住民が抗議する様が報道されたのは記憶に新しいのですが、乱開発の動きは今に始まったことではないそう。元・明・清代と続いた都の建築遺産は、解放後のわずか50年で相当部分が失われてしまい、梁思成が半生をかけて保存を訴えた旧城の城壁に至っては、ほとんどが跡形もなく破壊されてしまったといいます。さらに現代では、都市計画の不備によって引き起こされた交通渋滞や水資源、大気汚染の問題も深刻。


「そこで、90年代に梁思成再評価の動きが起きたんですね。現在の北京の発展の方向性は、梁思成のプランに近くなってきています。彼の都市計画が、現状の問題にリンクしているからでしょう」。


同書には、北京の古建築が「大躍進」や「文化大革命」といった政治の荒波の中、再三再四翻弄されていく様が浮き彫りにされています。破壊は政治の指導であり、それは今日では誤ちだったと認識されているということを、王軍氏は事実の積み重ねで指摘していくのです。

「文化財を扱いつつ、政治の問題をも描いている本なんです。かなりタブーギリギリのところで書いていると思います。王軍さんも『90年代だったら出せなかった』とおっしゃっていました」と多田さん。いわば、古都の文化財がどのような状況に置かれてきたかを告発する本でもあるのです。
出版後は、昔を知る北京の市民らから「よくぞ言ってくれた!」という絶大な支持を受け、現在は9刷を重ねているそうです。


   ■    □    ■


多田さんが、王氏に出会ったのは2003年、王氏の講演会の場だったそう。
「こわされていく建物に対して、『こわすべきでない』と大胆に発言していました。勇気があるなと、個人的魅力がある人だなと思いました」との印象だったとか。

著作も読んでいて訳したいと思っていたところに、日本の出版社から翻訳を持ちかけられ、わずか4か月で完成。「王軍さんの熱意にあてられたというか、後押しされたという感じです。もともと胡同について書いたりしていて、関心のある分野だったので、つらいとは思いませんでした」と多田さん。

それでも、同書の内容には翻訳しながら、つらくて何度も涙を流したそうです。

「特に文化大革命の時代の記述で、どこそこの橋が壊された、門が壊されたとリストが並んでいるんですが、読んでいてここまでひどかったんだと、圧倒されて涙が出てきました。それから、壊していた城壁の中から元代の城壁が出てきたと聞き、病床の梁思成が妻に写真をとってきてほしいと懇願するシーンなどもつらかったですね」。


同書では、絶望的な状況の中、それでも古都の文化財を少しでも残そうと奮闘し続ける梁思成が、文化財の破壊に際し涙する姿を第三者の証言を通して何度も描いています。王氏は、梁思成の人物像を人間味溢れる筆でとらえることで、その喪失感を人類共通の痛みとして伝えることに成功しているように見えます。


  ■    ■    □


ところで、梁思成は、中国においては、初めて古建築に価値を認めて定義した人として非常に有名。しかし、日本では、検索してもほとんどひっかからないという知られざる存在です。

が、実は日本とは深いゆかりがあるといいます。

多田さんいわく、「太平洋戦争の際、梁思成は米軍が日本本土を空爆するにあたって、奈良・京都などの保護すべき文化財を記した地図を作製し、日本の古都を戦災から守ったのだそうです。このことは生前は口外しなかったそうですが、2度目の妻が証言しています」。

梁思成はなんと、1901年東京生まれ。父はあの思想家の梁啓超で、戊戌の変法が失敗に終わったあと日本に亡命し、そこで生まれたのが梁思成なのだそうです。1912年には中国に帰国しますが、幼い頃両親に奈良に連れて行ってもらった思い出などが本人の文章として残っていると、同書の日本語版序でも触れています。

「おそらく日本で子供のころ古建築を見たのが、梁思成の建築学の基礎となっているのでしょう。『日本の建築には中国の建築で失われたものが残っている』と言っていたそうです」と多田さん。


「そういう意味で、日本語版の出版は画期的。ある程度日本のみなさんの参考になるのではと喜んでいます」。




失われゆく文化財の記録と見るか、都市計画をめぐる人間ドラマと見るか、はたまた一つの裏政治史と見るか―。まだごらんになっていない方、ぜひ本書を紐解いてみてください。


※王軍氏のブログ「城市的眼睛」


※「サロン・ド・千華」
 住所:北京市朝陽区関東店南街2号 旺座中心西塔501 
 電話:5207-8030



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