北京の器【ブログ】

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母・娘、娘・母

私、こじゃるのことはよくブログに書くのだが、プリ子のことはあまり書きません。
なぜかと考えると、

こじゃる→自分にとって宇宙人。やることなすこと新鮮(時に理解不能)
プリ子→確実に人種が同じ。やることなすこといつか来た道。(一緒にいるのは楽)

という感じで、なんとなくネタにならない気がするからなのでしょう。
二人目ということもあり、日々のいろいろな成長も見過ごしてしまいがちということもあります。


ということで、今日は、ちょっとプリ子について書いてみます。


プリ子さんは、よく私に似ているといわれますが、本当は私ではなく私の母に激似です。

プリプリとした太い太もも。
色白ぽっちゃりな大福系の肌。
誰にでも愛想がよいくせに、自己主張ははっきりした性格。

否定したくとも否定できない。
これは明らかに、私には遺伝しなかった母の遺伝子。ザ・隔世遺伝!



そもそも二人の因縁は、広州でのプリ子出産の時にさかのぼります。
私は微弱陣痛な体質で、プリ子は予定日を1週間過ぎても出てこず、結局陣痛促進剤を使っての出産となりました。

母は、出産予定日から一週間後に広州に来る予定になっていたのですが、来る直前まで「まだなの?私、出産に間に合うかもね」などと話していました。
そして、陣痛促進剤を使うことになったのは、母来訪のちょうど1日前。

その日のうちに産んでしまうはずが、結局薬が効かず、あきらめて翌日の出直しとなりました。そして、その夜母が日本から到着。
翌日はろば夫がどうしても仕事を抜けられなかったため、母が病院に付き添ってくれることになりました。そして、陣痛・分娩一体型の病室だったせいで、部屋で付き添っていた母も流れで出産に立ち会うことに。

プリ子の産声第一声を聞いたのは、ほかでもなく(病院関係者以外では)母だったのでした。
二人はちょうど60年違いの同じ丑年生まれ。

私には、なぜだか、プリ子が母の到着を待って産まれてきたように思えて仕方がありませんでした。




母と娘というのはおかしな関係で、母親は娘に希望を託しつつ足を引っ張ろうとするし、娘は母の望みをかなえようと頑張る半面、母親を一番辛辣な目で観察しています。


私と母の相性もまた、バッチリというわけではありませんでした。
私はよく、母と私が親子逆だったらよかったのに。と思っていました。
母のように、なんでも自分でやろうとし、パワーが余って他人の領域にまで干渉が広がって行く人を上に持つのは結構大変です。私は私で、相手の空気に敏感なタイプなので、上に強い人が来るとどうしてもその人に合わせてしまいがちになります。

もし、親子の組み合わせが逆だったら、私は母のようになんでも自分でやりたいタイプには、好きなことをさせてあげると思っていました。


そしたら、私の人生にプリ子が出現
母に似た子を育てる不思議。



私自身は、母が私に託したことをあんまり実現できませんでした。

「人に食べさせてもらうな。自分自身で一生の仕事をしなさい」

と言われていたのに、気がつけば専業主婦に。って、真逆じゃん!!


でも、なんとなくプリ子は2世代ぶりの夢をかなえてくれるんじゃないかと思ってしまう。
自由に、のびのびと、自分の好きな道を見つけて、スケール大きく歩んで行ってほしいなー。



   ■     ■     ■



ところで、本日のこじゃるの宿題。

「一番好きな人を絵に描いてくる」というものでした。
画用紙の左端には、例として、母と子供が抱き合った写真が。


で、こじゃるは自分ちゃっちゃと宿題を終わらせて、「できたよー」の一言。
見に行くと、親子3人のほほえましい絵が。

はは~ん、私とプリ子とろば夫ねー。
と思い、「上手に書けてるね」とほめると、

「うん。お父さんとプリ子とバーバ」。
とこじゃる。

「え、お母さんは?」と聞くと、
「お母さんはダメ。一番好きじゃないから。」と言うじゃありませんか。
「じゃあ、何番目なの?」
こじゃるはしばらく考えて、
「166番目」。


166番目って、あんたが人生で出会った人の数より多いよ…。
がっくりしていると、こじゃるが、「でも、まあいいじゃん。好きは好きなんだから」。
と変に慰めてくれました。


ね?宇宙人でしょ?


それにしても、せめてプリ子には、「お母さんが一番好き!」と言われたいものです。

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