北京の器【ブログ】

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初めてのケイコとマナブ

大人になるまで、お稽古ごとというのは、なるべく逃亡するものだと信じていました。
今から考えると不思議なのですが、どうしてあんなにイヤだったのか、当時の自分を分析すると、


1、基本的に飽きっぽい性格であった。
2、そもそも習っていた内容に興味がなかった。
3、人に教えを請うのがイヤ。


といったところだったと思います。
情けないことに、誰かに夢中になったり、一つのことに集中したり、というのが持続しないので、よくいえばこだわりがない。悪く言えば後に何も残らない人生を歩んで参りました。

そこに輪をかけるような教わり下手。
先生にはまったく心を開こうとせず、何年もピアノを習っていた先生に、無口だと思われていたということもありました。


ですから、子供の習い事に対しても、相反する二つの気持ちがあったのです。


1、何か残る人生を歩んでほしい。
2、いやなことは無理にしなくてもいい。



そしてどちらかというと、こざるには、無理にお稽古事や勉強をさせなくてもいいんじゃないか――。

と思っていいたのですが、このほど本人が自らあっさりと、
テニスを習いたい」
と言い始めました。


想定外。


というわけで、お知り合いの方がちょうど習っていたので、それに混ぜてもらう形で、参加してきました。子供のテニス練習。


参加者がみんな日本人の同年代の子だというのもとても魅力で、北京に来てから日本人のお友達がまだほとんど一人もいないこざるにとっては、友達づくりという方面でもよい刺激になるかなあと。


しかし、元来私に似て、人に教えを請うのが下手なこざる。
果たしてうまくいくだろうか…祈るような気持ちで見守っていたのですが、最初こそ「一緒に来て~」と不安そうな表情を見せたものの、その後は嬉々として球拾いに興じ、先生にマンツーマンで打ち方を習う時など、従順そのものじゃありませんか。


さらに、遠視と乱視持ちのこざるのこと。そもそも球が打ち返せないのでは??
と心配していたのですが、初めてにしては上出来の打率のように見えます。


だいたい、サッカーママとか野球ママとか、自分には絶対無理だと思っていたのですが、意外や意外。わが子の頑張りを見るのは楽しい。その間、おしゃべりしていられるのも楽しい。


金網の向こうから上杉達也を見守る朝倉南のように、「こざる……」とつぶやいたかどうかはともかくとして、「悪くない滑り出し♪」とひとりごちたのでした。



こざるは、一緒に参加していた子たちとも少し打ち解けたようで、「楽しかった。来週もまた来る」と宣言。

そうかあ。
習い事って楽しいこともあるんだなあ。(←いまだ懐疑的)
長続きするといいなあ。






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