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「堀田善衞上海日記」―永遠に失敗を続ける対中政策

昔の人が日記を記したとしたら、今はブログということになるのでしょうか。
が、振り返ってみるに、私のブログにはこれほどの人間模様も時代の空気もなく、作家の書くも日記は違うなあと。(あたりまえだ。)


というわけで、昨日読了は「堀田善衞上海日記―滬上天下一九四五」。


堀田善衛上海日記 滬上天下一九四五堀田善衛上海日記 滬上天下一九四五
(2008/11/05)
堀田善衛

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外務省の外郭団体職員として上海で終戦を迎えた若かりし堀田善衞(27歳)が、その後国民党宣伝部に徴用されながら、1945年8月~帰国2か月前の1946年11月まで断続的に3冊のノートに書きつづった日記をまとめたもの。

堀田の眼を通して客観的に描かれた混乱と騒乱のある種の熱気のさなかにある上海と、帰属すべき国家を失い、ぼんやりとした絶望感に沈む根なし草のような作者、および在中日本人の精神状態が対照的で興味をひかれます。

一方で、根底には「どうにでもなれ!」というような破滅願望的な怒りに似た情熱も見え隠れし、それがのちに堀田の妻となるN女史とのダブル不倫恋愛に結実されている様も裏ストーリーのように読めて面白い。

戦後の日本文化の勃興は、敗戦で価値観が一転したことにより、「どうにでもなれ!」と破れかぶれになった人たちの狂い咲きみたいな印象があります。だから絶望が希望に転じた迫力とがむしゃらさが出る。
この日記が書かれたころは、まだ希望に転じる前の潜伏期で、堀田自身もお金はなく、インフレはすすみ、時間だけがあるという状況の中、自分がすべきことについて、すべきことなどないのではないか?という選択肢も含めて揺れていて、戦後の出発点を1人の人間の思索を通して垣間見るようでもあります。


事実、この後にかかれた「上海にて」で書いている思想信条的傾向と、この日記からうかがえる当時の彼の考え方には、微妙な差異も見られ、たとえば中共に対する見方も、日記の方では思い入れのない、むしろ終戦を迎えても結局内戦に終始するおろかな人たちとでも言いたげな記載なのが、「上海にて」になると、その成立の必然性を肯定するように変化していきます。


それだけ、日記が書かれたころは、まだ「敗戦」の衝撃で厭世的になりはしても、自身と中国のかかわりについて考えを積み重ねてはおらず、逆に戦争中の愛国的心情というものが意識下に刷り込まれていたともいえるかもしれません。


ただ、そのような状況にあっても、直観的な鋭さで日中の未来を予測しているような箇所もあり、たとえば、1946年8月の日記には、「恐らく日本は中国問題については永遠に失敗しつづけるであらう。特に一応直接中国と遮断された次の世代は、今迄とは全く別な形式で同じ事態を失敗してゆくであらう」などという予言めいた言葉には、これって、今の日中関係のこと言い当ててる?と思いたくなってしまいます。



この日記の巻末についた、数編のエッセイの中で、堀田は日本の対中政策の最も大きな失敗として、それが「人性」を無視して行われて来たことを挙げています。「政策遂行の名の下には人性を無視することも亦許されると観念したところにあったのではなからうか」と。

そして彼の視線は、戦争中対日協力をしたとして戦後一貫して同胞の中国人から糾弾され続けている「漢奸」と呼ばれる人たちに向いてゆきます。引き上げ後に書かれた文章で「日本の行動と行を共にした東方諸国の諸人士に対する謝意謝罪、「済まなかった」という、政治を超えた素直な情意の充分な表現が未だに見られぬということについての、どうにもならぬ憤懣」を表し、その原因について「要するに(日本人が)薄情なのだ」と結論づけていて、思わずうなってしまいます。

この日記の本文中にも日常風景的に登場する人物たちが、脚注において「その後暗殺された」「懲役3年の刑に服した」「中華人民共和国下で12年間獄中にあった」などと記されること累々。

日記中には、南京政府系の国民党員が「ぼくら第三種人はゆくところもない。(中略)日本は負けるべきぢゃなかつたんだ」と気持ちを吐露する場面なども出てきていて、未来を悟っているようで悲しい。



日本の対中政策は血が通っていなかった点において、徹底的に失敗でした。
堀田は、ポツダム宣言受諾後の騒乱状態の上海を、殺されてもよいつもりで見に行きます。
中国人の群衆の歓喜の様子を見、彼ははっきりと、「『中日親善』『同甘同苦』『同生同死』などといふ標語はつひに決定的な空疎な標語にすぎず、中国民心は絶対に日本の『対華政策』にも『対華新政策』にも同意していないといふことであつた』と悟ります。

曰く「よくもかかる民心の把握の全く出来ていない政治、外交を今日までやって来たものとむしろ呆れざるをえない」。


振り返って現在はどうか。

堀田は死を覚悟して明らかに日本人と分かる格好で騒擾を見に行ったにもかかわらず、無視されるがごとく「何事もなかった」と言います。

失敗を通り越して、関心すら持たれなくなる。



なにやらそら恐ろしいばかりではありませんか。



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