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近づけば違いが気になる

今更ながら中国、もしくは日中関係に関する不勉強に冷や汗をかき、にわか読書するもさらなる蒙昧に落ち込み嘆息しているろば子です。


本日読了は以下。

「伝説の日中文化サロン 上海・内山書店」(太田尚樹著、平凡社新書、2008年)

伝説の日中文化サロン上海・内山書店 (平凡社新書)伝説の日中文化サロン上海・内山書店 (平凡社新書)
(2008/09)
太田 尚樹

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「上海にて」(堀田善衞著、集英社文庫、2008年)

上海にて (集英社文庫)上海にて (集英社文庫)
(2008/10)
堀田 善衛

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両方とも戦中~終戦~戦後の上海在住日本人にまつわる本。
前者は、著者の目から見た内山完造を中心とする日中の交流が時系列に過不足なく記され、当時を知るための入門書として手ごろ。
後者は終戦まぎわから直後にかけ、上海に1年9カ月滞在した1人の作家が、戦後1957年に中国を再訪した際に、当時を回想するという形でかかれたエッセイというか日中、および中国に関する考察を述べたもので、その見識は今でも多いに納得させられるところがあります。



前者は、内山完造とその妻美喜の、魯迅や郭沫若といった中国文化人とのつきあいの中に見せる人間的魅力に感心するし、日中の差異なんてものともしない国を超えたヒューマニズムに同じ日本人として感謝をせずにいられないけれども、そのために却って、こういう人材の少なさ、特殊さに目がいってちょっと寂しくなります。


堀田善衞の方は、彼の考えのうち、以下の2点に特に注目。

「侵略戦争を経た後の、日本と中国の心と心の問題のうちの、もっとも微妙で、もっとも解決困難な問題」として、南京を戦後訪れた日本人団体とそれを案内した中国人の間で、暗黙の了解として“あのこと”には触れずに過ごし、しかしそのことが中国人側になんとも言えない虚しさを残したという、かつて読んだ新聞記事の内容に触れた箇所。

堀田善衞はしかし、「それを日本人の側から、積極的に言っても、ことばはわるいが、実ははじまらぬのである」という。それを「歴史の不可逆性の恐ろしさ」と呼び、さらには「われわれの握手の手と手の間には血が滲んでいる」と突きつけてきます。

戦争の記憶がまだ人々の実体験として存在する中で書かれた文章だけに、問題意識が鮮明であり、そのことに今更ながらハッとしてしまう。(もっとも、彼はその感覚が戦後10年で確実に風化しつつあることを上海で発見して驚くのだけれど)

最近日中に横たわる「戦争」という項目を、過ぎ去った過去のことと(勝手に)みなしつつあった自分に気がついて唖然。



もう一点は、「同文同種などという虚妄のスローガンに迷わされてはならない。中国は外国でなのであり、中国人民は外国人なのだ」という考え。形を変えて繰り返し出てくる認識。

やはり、日中関係って、ほかの国との間にはない間合いの難しさがあるなあと思う。


似ていると錯覚しているけど、ものすごく違うっていうところが、いろんな物事への認識を誤らせてしまうのかも。




関係ないけれど、張芸謀監督の映画「活着(活きる)」と黒澤明監督の「生きる」って、同じようなタイトルなのに、中国と日本じゃ、「いきること」の意味が全然ちがってる。

黒澤監督のは、ただ漫然と生きながらえているのは生きているとは言わず、何かのために人生をかけて懸命になってこそ「生きる」ということなのだという割と観念的なとらえかた。

張監督の場合、どんな理不尽な、どんな最悪なことが起きても、とにかくいきて、いきて、いきのびるんだ。それが活きるということだという、ものすごく単純で根源的な考え方。


黒澤監督の生きる意味が日本的な普遍性を持つかどうかはさておき、「活着」の主人公の生きざまは、まさに中国的で、この、日本人にとっては違和感すら感じる中国の根源的な力強さというようなものについては、堀田善衞も再三言及していますが、私たちが中国を眺めるときに忘れてはいけない特徴のような気がします。



蛇足ですが、「活きる」は内容に問題があるとして、中国国内の映画館では上映できないのだそう。
張芸謀監督がトゥーランドットとかやるようになるはるか昔の秀作です。




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コメント


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来穂前、大陸生活の心の準備のために、中国映画をTSUTAYAで捜し求めたのですが、韓流作品に埋もれて、華流の秀作を見つけるのが、なかなか大変でした。

そして、やっと鑑賞できた数少ない中国映画の一つが『活着』で、文革時代を全く知らなかった私には、衝撃的な内容でした。

市中引き回しのせいで、主役夫婦の娘の出産に医師が立ち会うことができず、分娩中に亡くなってしまうシーンが余りにもショックで、「私は、絶対大陸で出産したくない!!」とさえ思いました。時代錯誤も甚だしいのですが…

当時は、葛優とコン・リーが大御所ということも知らず、激動の時代を逞しく生き抜いた夫婦の姿に感銘を受け、こんな映画を作る国だったら住んでみたいわ~♪と前向きな気持ちになったのを思い出します。

でも、そんな素晴らしい映画が検閲の対象だなんて、とても残念です。

ゆっくり本を読んだり、映画が観れるのも、出産前の今のうちかもしれませんね。帰国したら、日本語字幕付の中国映画を鑑賞して、大陸生活を忘れないようにしようと思います。

タイガーママ | URL | 2010-01-25 (Mon) 11:34 [編集 ]


Re: タイトルなし

タイガーママさんへ

もう日本ですか?
日本なら今ちょうどNHKBSで「蒼穹の昴」がやっているそうですねー。
監督も俳優も中国人で中国語だとか。
ぜひ、見てみて感想送ってください~。

こちらは日本語放送がまったく入っていないので、暇なときは中国語のチャンネルをカチャカチャやってます。でも実際は、毎日忙しくて、テレビを見てる暇がないんですよねー。だから、ちょうどいいかも。

張芸謀監督は、若いころの作品の方が圧倒的によかったような。
ワイヤーアクションに興味がないので、近年の作品は私的には微妙…。

カウントダウンの日々を是非、のんびりとリラックスしてお過ごしくださいね!




> 来穂前、大陸生活の心の準備のために、中国映画をTSUTAYAで捜し求めたのですが、韓流作品に埋もれて、華流の秀作を見つけるのが、なかなか大変でした。
>
> そして、やっと鑑賞できた数少ない中国映画の一つが『活着』で、文革時代を全く知らなかった私には、衝撃的な内容でした。
>
> 市中引き回しのせいで、主役夫婦の娘の出産に医師が立ち会うことができず、分娩中に亡くなってしまうシーンが余りにもショックで、「私は、絶対大陸で出産したくない!!」とさえ思いました。時代錯誤も甚だしいのですが…
>
> 当時は、葛優とコン・リーが大御所ということも知らず、激動の時代を逞しく生き抜いた夫婦の姿に感銘を受け、こんな映画を作る国だったら住んでみたいわ~♪と前向きな気持ちになったのを思い出します。
>
> でも、そんな素晴らしい映画が検閲の対象だなんて、とても残念です。
>
> ゆっくり本を読んだり、映画が観れるのも、出産前の今のうちかもしれませんね。帰国したら、日本語字幕付の中国映画を鑑賞して、大陸生活を忘れないようにしようと思います。

ろば子 | URL | 2010-01-26 (Tue) 22:59 [編集 ]


 

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