北京の器【ブログ】

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大事なセーフティーネット

一人のとき、タクシーはなるべく助手席に乗る派です。


あんなに恐れていた北京のタクシー運転手。R化が徐々に聞き取れるようになってくると、とても楽しいおしゃべり相手だということが分かってきました。


そして、先日。
夕刻が迫る中、運転手のおじさんは、私を観光案内でもするように
「右のあの建物は清朝時代の○○が住んでいたところで…」
などと滔々と語り、我々は和気あいあいとおしゃべりしながら目的地にむかっていたのでした。

盛り上がっていたので、運転手さんはシートベルトを着けることすら忘れ、途中「いけねえ、忘れてた。どこで警察に捕まるかわからないからねえ」とベルトのヒモをカチンと差し込んでおよそ30秒後…



前方の薄暗い背景の中に飛び込んできたのは、白バイ警官の姿。


なんとなく一瞬緊張が走る車内。

と、警官、我々を指差してこっちにとまれと合図しているではありませんか。
「おれ、何かしたかなあ…」と急に落ち着きなくエンジンをとめたり、サイドブレーキをひっぱったりする運転手。

警官が近づいてきて、免許証を見せろという。
なんでも、シートベルトの違反ではなく、車線変更してはいけないレーンで変更した…とのことらしい。
その間も次々と色んな車が捕まるけれど、なぜか免許を見ただけで無罪放免となる人もいたりして、ああ、なんかの有力者なんだろうなあと想像しながら見送っておりました。


さて。
しばらく車外でのやりとり。
運転手さんは一生懸命何かを警官に訴えているみたいだけど、一顧だにされない感じ。
そのうち、運転手さんが思いついたように、どこかに電話をかけながら車内に戻ってきました。
戻って、その辺の紙に電話番号をメモしてる。

会社の有力者にでも連絡するのか?


と思って聞き耳を立てていたら、誰かどこぞやの有力者に警察に連絡してほしいと言っているよう。
その後、その相手から、目の前の警官に連絡が行き、なんとあっという間に一見落着。
あれだけがんとして首を縦に振らなかった警官が、行ってよしのジェスチャーをするじゃありませんか。



運転手さんに聞くと、実は知り合いの知り合いに警察官がいて、その人にお願いして連絡してもらったらしい。
すぐにあとで携帯でお礼の電話を入れていて「とっさに、娘婿だっていっちゃったよ。本当にありがとう。こんど一杯やりましょう」などと話してました。


中国で大切なのは、何よりもコネ。
コネがなければアウト、という実態を思い知った一幕。


ちなみに、車線変更の違反は3点で100元の罰金。
が、タクシー運転手が恐れるのは罰金ではなくて会社に通報されて、三日間の業務停止になること。
彼の一日の売上が500元。三日で1500元も損するなんて、割に合わない…とぼやいてました。

この点数一年間で12点しか持ち点がないらしく、これを二回切らすと首になるそうです。


まあ、日本でも10年(もっとか?)くらい前までは、知り合いにそこの管轄の警察署長がいると、簡単な交通違反くらいもみ消してもらえる…なんて噂もきいたことがあるくらいなので、中国に限ったことではないかもしれませんが。




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教育宣伝?

大学では、北京語言大学のテキストを使って勉強しているのですが、その内容がたまにとても時代錯誤。
出版は1997年なんで12年前なんですが、時代錯誤感は30年くらいの隔たりがある感じ。


この間勉強した単元は、ソ連の宇宙飛行士ウラディミール・コマロフが1967年、単独でソユーズ1号に乗って、地球へ帰還する際にパラシュートが開かず亡くなった…という話だったのですが、それがとっても強烈な英雄譚。


簡単に紹介すると、ソユーズのコントロールが効かなくなって残り地表に激突するまで2時間という時、地上とロケットが回線で繋がれており、さらにそれが全国に生中継されていたという内容。

その際、まずコマロフは、生真面目にも70分を業務の報告にあて(それは国家機密であったので放送は音声を入れずに行われたとされている)、その後残りの時間で、まず大統領から「敬愛なるウラディミール・コマロフ同志、私は国家を代表して君に告げる―君は国の英雄だ。人民の息子だ!人民は永遠にあなたを懐かしみ、広い宇宙は永遠に君を記憶するだろう。君は人民の誇りである!」などと偉業をたたえるほめ言葉をもらい、残りの時間を年老いた母と、妻と、10歳の娘との会話に宛てます。

娘は健気にも「私は英雄の娘だから泣かない。大人になったら私も宇宙飛行士になるわ」などと言ったりしてお涙ちょうだい。

さらに、なんとコマロフの愛人の夫という人がなぜかオペレーティングルームに飛び込んできて、「今迄あなたを殺してやろうと思っていたけど、今になってなぜ妻があなたを愛したのかが分かった!あなたは最も崇高な最も偉大な男の中の男である!」などとわけのわからないことを叫ぶというすさまじい展開。

そしてコマロフは「人民万歳、科学万歳!」などといいながら、神と人民の愛に包まれて死んでいくという―。


すごいでしょ?



出典は「科技汇报」という雑誌。

そして、何が本当にすごいかというと、

この話、全部作り話だってこと。



書き方はまるでノンフィクションなんですよ。
ソユーズも実際に飛んでるし、そこに乗っていたコマロフがロケット事故で地表に激突して亡くなったのも事実。

が、良く考えたら1967年に宇宙飛行を全国に生中継なんてできないし、愛人、勝手にオペレーションルームに入ってこれないよね?


先生いわく、これを教育宣伝と言うのだそうだ。

70年代、中国では教育宣伝のためには、事実をかなり脚色して、人民(特に子供たち)に教訓を学ばせようということが当たり前に行われていたそうで、先生いわく、「新聞記事でないからよいのです。これは一つの故事なのだから」とのこと。

でも、「科技汇报」だよ?
1997年の出版だよ?

しかも外国人(ロシア人もいるかもしれない)向けの教科書に、こういう教育宣伝を載せて、何を教育しようというのでしょうか?

特に愛人のくだり。
そこから何の教訓を読み取れと?
英雄色を好むってか?
よくわからん。


ちなみに、文章をよく読むと、つじつまが合わないことが書かれている場合は、教育宣伝のための脚色(大幅に)がされていると見て間違いないとのこと。



私、事実をベースにした映画とかドラマとかで、事実から飛躍しまくることにも抵抗があるくらいなのに。
(大河ドラマ「篤姫」も後半あまりに政治に篤姫が介入しているので、見る気がしなくなったくらい)


事実がまったくわからない部分をこうあってもおかしくないのではないか?と提示することは創作の範囲としてOKだと思う。

でも、事実が分かっているのに、まったく別の話にしてしまうのは…、すごく違和感なんですが、みなさんどうですか?



ちなみに、本当のコマロフの事故はもっと悲惨だったようで、最初から欠陥だらけのロケットに否応なくのせられ、家族にもロケットに乗ると告げずに出発して亡くなったそうです。

このころは、米ソ冷戦で、宇宙技術をめぐっても両者が激しい競争を繰り広げていましたから、その犠牲者といえるかもしれません。

つまり、決して人民の英雄なんかではないということです。



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中国人の給料

うちに週末遊びに来ていたU君から、興味深い話を聞きました。

それは給料にまつわるお話。


以前から、中国人の給料って、基準がどこにあるんだか全然わからないよなあと思っていたのですが、今回U君の話を聞いてなるほどなと思った次第。



U君はおよそ1年半前に、ほぼ新卒として今の会社に入社しているのですが、その時U君と同じ学校、同じ専攻から他にも3人が同じ年に前後して同社に入社しました。同社は日本企業向けのシステムを開発する会社で、U君も他の3人も同じプログラマーとしてスタート。

ところが、入社して間もなく、金融危機のあおりをうけて、日本企業からのプロジェクト受注ががっくりと減り、同社は従業員の25%を解雇するという大胆な対策に出ます。

そこで真っ先に解雇対象になったのは、4人の同期生のうちのたった一人の女性。
彼女はそのまま同じビルの中にある同じ業種の会社に転職していきます。


それから1年。
同社は再び業績が上向きになり、仕事の受注も伸び始めているとのこと。
最近は昇給もあったというのですが、そこでU君はめでたく昨年比1000元アップの7000元/月という給料を得ます。(1元=13円)

昇給に際しては、プロジェクトマネージャーの査定と、部長による人事面接(直接交渉)の結果が反映されるということで、もともと人づきあいのとてもうまいU君は、日頃から両者とよい関係を築いており、さらに日々の努力を怠らず日本語能力試験の1級に合格したこともあってこの金額になったとか。

部長からの昇給提示は500元だったのを、「ならば辞めます」といって1000元に引き上げさせた交渉術も見事です。職責もプログラマーからブリッジSEを経て、現在はプロジェクトリーダーとして下を育てる業務にも携わっているとか。なかなかの出世道じゃありませんか。


ところで、同社に残ったほかの二人の給料が現在どうなのかというと、仮にA君、B君とすると、A君は500元昇給の4000元、B君は昇給なしの3000元だというのです。同じ仕事をしていて、倍も違うって日本では考えられません。

さらには三人とも同じような専門分野を勉強し、同じ学校を卒業しているというのにです。
B君は、どちらかというと内向的でプロジェクトマネージャーとの関係がよくないとのこと。
すでに転職を考えていると話していました。
先に転職した女性の会社は、とても業績が良いようで彼女も前に比べてずっと給料があがったそうです。



で、U君がその会社でこれからもがんばっていこうと考えているかというとそうではなく、なんとすでに別の会社の面接を受け、給料月額1万元の提示を受けているとのこと。

U君の言い分では、今の会社の部長の給料は1万6000元だが、部長になるまで何年もかかるから、それならもっと早く給料が上がる別の会社に転職したいと言うわけ。


入社して、たった1年半ですよ?


中国と日本では雇用の形態が全く違う。
それは中国人と日本人の考え方の違いにも似ていて、雇用は多分に流動的で一年もせずに転職するのもざらだし、新卒より経験のある方が給料も高いし、その分、競争も激しく給与格差も露骨。各方面での努力がものすごく給与に反映されてしまいます。


果たして、日本人は、同期と倍の給与格差が平気で付くという、こういうモデルの中でやっていけるんだろうか?
と思ったりもするけれど、案外この方が気軽に転職できて楽かも…などと想像したりして。


今や、年齢的、性別的、子ありというハンデを背負って、再就職絶望的な身としては。



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没办法という方法


学生生活って結構エネルギー使うようで、夜ブログ更新までたどり着けずついつい寝てしまうろば子です。
早くセカンドブログも開きたいしと思うのですが、なかなか思うように仕事がはかどらず。


さて、そんな学生生活で、久しぶりにこの国の根深い悪癖を再認識。


それは、学校職員の対応ぶりに現れます。



まず初日。
クラス分けテストの結果一番上のクラス(中級)に入った私ですが、この学校、そもそも基礎、初級、中級しかない。
だから、ある程度話せる人はみんな中級に入りたいと思うのは当然で、その結果、クラスの人数の比率が


中級:初級:基礎=2:1:0.8


くらいになってしまいました。
もちろん、先学期から続けて勉強している子も多いし、その場合初級を終えた子は当然中級に上がるし、中級を終えてもまだ勉強し足りない子は中級に留まるしで、こういう結果はあらかじめ予想できたはず。


クラスの何人かは、もうひとつ中級班をつくってほしいと訴えたのですが、それに対して学校側がとった対策は…


中級班の中で、比較的できない子を初級に落とす。


という作戦。
それも学校側がそうしろというと問題があるので、本人が難しすぎてついていけない!と思うように、
①宿題を増やす
②テキストを難しくする
③授業中何度も、「あなたは漢字が読めない」とやる気をそいで洗脳する。
という方法。


今のところ、それに屈した子はいないけれど、なんて後ろ向きな…と思った一幕。



それから、口語の教科書が配られた時。
同じものなのに、ある人がもらった教科書にはCDがついていて、ある人のにはついていない。

ふつう、ついているやつを取り寄せて交換してくれるのが常識だと思う。日本では。


だけど、先生が言い放った言葉は

「没办法」(どうにもならない)


は?
なんで?
「版が違うとついてないものもある」って版の違うやつ配らなきゃいいじゃん。
と思うのだが、それを平然と言う。しかも価格は同じ。

「不公平です!」
というと


またもや「没办法」。




募集要項に書いてあった選択科目が開講されていないので、抗議にいったら、
やっぱり

「ないものはない。没办法」


「なぜ開講できないの?」
「私も分からない」
「先生にたのんでみたいんですが」
「無理。没办法」


もうこの一点張り。
自分が分からないことや、面倒くさいことはたぶんすべてこの一言で終わらせてるんだろうな。
大学といえども所詮は役所。
何かを前向きに取り組むより、没办法でやり過ごした方が安全かつ楽ちん。

一番、有効な解決方法。
それが没办法なのです。


ああ、黒澤明の映画「生きる」を見せてやりたいもんだわ。



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中国人の友達は一生モノ

とても懐かしい友達からメールをもらいました。


彼女は、広州に住んでいた時、同じマンションに住んでいた中国人。旦那さんが日本人で、日本語が話せたため、中国語の特訓中だった私のよき練習相手になってくれた人でした。
広州一年目が過ぎようとするころ、彼女の方が旦那さんの転勤で日本に戻ることになり、日本にいる日本人および中国人の友達を何人か紹介してあげたところ、とても喜んでくれ、プリ子が生まれたときには、わざわざ日本から出産祝いを送ってくれたりしていたのでした。


ところで、メールによるとなんとこのたび旦那さんの北京転勤が決まったというのです。

こういうのって御縁だなあ~と思いつつ、目下、せっせとこちらの公寓情報などをメールしているところ。
さっそく、こちらに連絡をくれるところなども嬉しい。



そうこうしていると、今度は携帯の短信が。
広州時代、面倒をみていた学生の一人が、出張で1カ月天津に来ているとのこと。
週末時間があるので、北京に会いに行きたいのですが。と言います。

彼も、私の北京への引っ越しが決まった時、他の学生を集めてお別れ会を開いてくれた人。
その後も新年だの春節だののたびに連絡をくれており、「そのうち北京に遊びに来てね!」と私が言ったのを、ちゃんと覚えていてくれたんだなあと感動。


ちょっと前になるけれども、プリ子の一歳の誕生日には、私の月嫂をしてくれた広州人のお友達からもちゃんとメールが。



こういうところ、中国の人はとても義理堅いと思う。
私なんかは、全然連絡がマメじゃないので、ほんとたまに申し訳ない気持ちになることもある。
彼らは、一度友情を感じたり、恩義を感じたりしたら、それをずっと維持し続けようとしてくれるんだよねえ。
私も、義理人情には篤くありたいので、できるだけ応えていければなあと思う。



そう。
たぶん、中国人のお友達は、一度仲良くなったら一生モノ。

そんな一生モノの友情を、ここにいる間にどのくらい見つけられるのか。
それが、中国暮らしを豊かにする鍵なんだろうと思うのだけれど。



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