北京の器【ブログ】

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日本語劇【珈琲店的太太】-偶然が作った必然の芝居

東城区東綿花胡同の蓬蒿劇場で、日中混合キャストによる日本語の芝居を上演しているというので1日、見に行ってまいりました。演劇は見るのも読むのも好きな私ですが、まさか中国で日本の小劇場芝居が見られるとは思ってもいなかったので感激。
そして、芝居のラストで客席に届けられたメッセージに、これまたドキュンとやられ、感動したのでした。


    ■      ■      ■


さて、お芝居のタイトルは「珈琲店的太太/青木さん家の奥さん~Catch the Beijing Dream!~」

もともとは、関西の劇団、南河内万歳一座の人気演目らしい。
それを、演出の雨晴義郎さんが劇団から承諾をもらった上で、脚本を北京バージョンに手直しして上演。
出演者の5人は日中混合編成で、初めて舞台に立つ人もいるというから、ほんとうに背景も国籍も年齢も超えて様々な人が集まってできたお芝居と言えるかもしれません。

本家本元の「青木さん家の奥さん」も、アドリブの多い比較的自由度の高い芝居だそうで、それがうまくこの北京で多国籍のお客さんに見せるというシチュエーションに合致していました。
100人収容という小劇場の奥には、中国語の字幕も映し出され、中国人のお客さんもギャップをそれほど感じずに楽しんでいた模様。そういう意味では、こういう形の芝居がもっと作られてもいいと思いました。
さすがに、途中日本の歌謡曲が流れると、「これ何?」という反応でしたが…。


あらすじ。

主人公真二は、アクション俳優を目指し、日本の劇団を辞めて香港に行くつもりが、まずは普通語を習得しようと北京にやってきた。アルバイト先の酒問屋で、先輩配達員が先を争って配達をしたがる幻の美女、〝太陽珈琲店の太太〟の話を耳にし、「自分も配達に行きたい」と言い出すが、そこで先輩たちから配達のやり方を教えるという名目で無理難題を吹っかけられ…。


出演
黒木真二 于智为  大手紳太郎 陳黛英 川邊誠

3月2日まで。

 
    ■      ■      ■


幕前に、劇団のマスコットガール黄芬さんが出てきて、中国語で一冊の本を読む。
タイトルは「长大了以后做什么?」(おおきくなったらなんになる?)


マスコット
(絵本を読むマスコットガールの黄芬さん=1日、蓬蒿劇場で)

芝居がはじまると、その問いかけの意味など忘れてしまうのだけれど、これが実は作品全体を支える大きな動機づけでもある。

芝居は、酒問屋の倉庫らしい酒や牛乳の段ボールが積み重ねられただけのシンプルなセットの中だけで進んでいく。このお芝居は、次々と目の前で新たな展開が起こり、ストーリーが運ばれていくというものではない。それどころかこのセットの中から永久に出られないのではないか?と思ってしまうほど、同じこと、同じセリフが繰り返され、主人公の成長というか変化も遅々として見えてこない。

もちろん、そこは北京ネタと役者ネタを豊富に詰め込んだギャグの応酬で飽きさせないのだけれど、登場人物5人が倉庫の中で、いるのかどうかも定かでない「珈琲店的太太」への妄想を膨らませていく様は、ベケットの「ゴトーを待ちながら」そのものの手法で、加えて先輩たちの言動がどんどんと現実離れしていくに至っては、不条理劇なのか?と疑いたくなる一歩手前までいくのだ。


以下少々、ネタばれ
















ところが、ある一点で突然、不条理がまっとうで愛すべき道理に裏返る。
主人公が成長したことを発見する。
そしてさらには、それが現実とリンクしていることにも気付かされる。

このリンクは、偶然とは思えない劇外へのリンクも含んでおり、私たちはもう一度、パンフレットを見直してしまう。
つまり、なぜシンジは、役者の本名のままで出したのか。
なぜ何度もブルースリーのモノマネをさせられていたのか。
さらには、演出の雨晴義郎さんがフリー雑誌の「SUPER CiTY」上で連載していた、芝居を上演するまでの苦難に満ちた日々を綴ったエッセイのことまでもが頭をよぎる。
もしかしたら、このメンバーでこの芝居を北京という未知の地でやるのは、あらかじめ決められた必然だった?



〝配達はドアを開けたら、その先に何が待っているか分からない〟(大意要約)


最初の絵本の朗読とあいまって、このセリフが、北京で道なき道をゆくさまざまな立場の観客たちの胸にもきっと響いたことと思う。




ところで、演出および演技についてだが、役者の方たちはぱっと見た感じ、どの人が初舞台でどの人がプロなのか分からないくらいのレベルになっていた。
稽古の激しさがしのばれる。

マー君は、長渕剛が好きな兄貴風を吹かせた仕切り屋らしく、後半に行けばいくほど特に配達の訓練のシーンでは小気味よく仕切っており、時に芝居の流れを引き締めていた。歌は最高にうまかった。

エイちゃん役の陳さんは、女性だというのがまったくもって気にならないという稀有な存在。というか、演技力のたまものか?手品の腕前もなかなか。

イカさんは、本当に中国人??と思うほど日本語が堪能。ガンダム好きの私には、「おやじにだってぶたれたことないのに!」というセリフがかなりツボだった。

タロちゃんは、もともとの性格が不思議ちゃんでないとしたら、かなりの演じ手。棒読みっぽいセリフまわしなのだが、役作りなのか、素なのか見分けがつかない。ともかく太郎というキャラに独特のオーラを与えており正解。

シンジくんは、身長もあり、身体能力も高そうで、ほかの作品も見てみたいと思わせる役者さん(本当は映画監督専攻らしいが)。今回の真面目純情青年だけではなく、だらしのないいいかげんな役だったらどうだろうとか、冷静でクールな役だったらどうだろうとか、いろいろ想像するだけで楽しい。


演出は、オリジナルを見ていないのでなんとも言えないが、テーマをしっかりとらえた演出だったと思う。一人一人のキャラの把握とすみ分けもしっかりしており、無理がない。見ていてこれは役者の素なのか?と思わず思ってしまうほどだったので、すごくうまくあて書きしているか、すごくうまく稽古したか。
欲を言えば、前半にもう少しテンポがほしかった。毎回5人が同じことを繰り返すので、客席には先が読めてしまう分、そこをテンポの良さで盛り上げられればさらによかったなと。途中に入る歌は総花的に入れず、もう少し絞って使うのもアリかも。

ラストの演出は感動的。
余韻の残る終わり方だった。


珈琲店
(拍手を受ける出演者たち=同)


ともあれ、中国の小劇場で日本語の芝居を上演するという困難に挑んだみなさんに、心から拍手を贈りたいと思う。


   ■    ■    ■


ワタクシ事なのですが、「おおきくなったらなんになる?」というのは、我が息子がよく私に聞いてきた質問でもあります。

私は困って「お母さん、もう大きくなっちゃったけど、何にもならなかったなあ~」と答えていたら、何度目からか、「ちいさくなったら何になりたい?」という質問に変わりました。


ちいさくなったら、とってもなりたいものはある。

それで、お母さんは、いまだにちいさくなったらなりたいものを忘れられないんだよ。



お芝居は、そんな私の背中をちょっとだけ押し、ああこれも偶然のような必然だったらいいのにな、と思ったのでした。




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QQで中国ヅカファンと友達になる

中国的に言えば、年の瀬も押し迫った本日深夜。


私が何をしていたかというと、餃子づくりなんかではなく、またしてもQQチャット。

そして、今日は念願の中国人宝塚ファンとお友達になりました。



もともと彼女のブログに、私が伝言でQQ番号を残したところ、向こうから連絡が。
なんでも29歳、安徽省の人らしい。

お互い、かなり好きなタイプがかぶるということが分かり、チャット上で大盛り上がり。
夫には聞かせられない腐女子な会話を繰り広げること3時間。


いやー。
ヅカファンは言語の違いを乗り越えますな。


しかし、彼女の内部事情その他に詳しいこと詳しいこと。
絶対手に入らないはずの、あんな映像やこんな映像も入手していて、おいおい!私だって見たことないぞ!と思わず突っ込む。

中国人ファンの愛も相当深いらしく、「●●が退団した時なんて、ファンみんな『崩潰』したよ」とか、「萌死了」などといったなどと言ったオタク表現もかなり発達。そうかと思うと、日本語をそのまま用いているものもあって、たとえば、コンビは控比、娘役は娘役。

一方で、あだ名などは中国式に勝手につけています。



宝塚歌劇団の関係者のみなさま。
是非、早いうちに中国市場にも打って出ることをお勧めします。
映画と違って、劇場に見に行くことに価値があるわけで、集客は見込めるはず。
しかも、中国市場はとてつもなくでかい!!
ゆくゆくは、中国人の歌劇団養成もありかも。

中国人ファンの中には、演劇を勉強している学生が多いらしいので、そのうち誰かが勝手に中国版を旗揚げしないとも限りませんよ。





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セリフ劇【暗恋桃花源】―見れば見るほど味?


観劇が趣味なのですが、おこちゃまが小さいためなかなか見に行けないわ~と漏らしたところ、家庭教師の先生が、それならと脚本を持ってきてくれることに。
主に中国の経典的セリフ劇の論評・感想を中心にたまにコツコツアップしていきたいと思います。


ちなみに先生曰く「中国の有名な舞台はみんな映像がネットにアップされてるわよ」。
さっそく調べてみたら、いろいろ出てきました。なるべく脚本→映像という形で見ていきます!


     ■    ■    ■

さて、第一回目は、1986年の初演から何度も中国だけでなく世界各地で再演されているという【暗恋桃花源】。台湾のお芝居です。

頼聲川作、演出。(現台湾芸術大学教授でもあり、台湾演劇界きっての大スターらしい)

この作品は広州にいたときも巡業に来ていて興味があったものの一つ。2006年から中国60か所で公演し、観客動員数は12万人を超えており、ニューヨークタイムスでは「中国でもっとも人気のある演目」と評されたそうです。なるほど中国現代セリフ劇の経典の一つですね。


あらすじ

悲劇「暗恋」のリハーサルを行う劇団と、喜劇「桃花源」のリハーサルを行う劇団が、なにかの手違いで同じ日に同じ劇場でバッティング。劇中劇の形をとって、二つの劇団のリハーサルが交互に、あるいは同時に舞台に現れ、混乱を極めていく。しかし混乱の中にも奇妙な秩序が見え始め…。


出演:表演工作坊



以下少々ネタばれアリ

 ↓

 
 ↓


 ↓



何の情報もないままこの芝居をみていたら、ちょっと見終わった後に肩透かしのような感覚に陥ったかもしれません。やはり、日本のドラマツルギーに慣れているせいなのでしょう。これだけ全編を通して爆笑の連続であり、商業的な目配りもできているのに、面白くなってきたというところで、あれ?クライマックスはどこいっちゃったの?という突然の幕切れ。

そうなるとがぜんテーマがつかめなくなってしまい、ほとほと路頭に迷ってしまうという感じなのです。


百度百科を読み、この作品が1985年の台湾で作られ、当時の台湾国内の混乱ぶりを反映していると知り、やっと納得がいきました。また、作品の着想自体が劇作家(演出家)の台湾演劇界における劇場使用にあたっての混乱ぶりから得られたという点からも少し理解が深まるように思います。

がしかし、それでも20年にわたり経典として輝き続けているといわれると、それほどの作品だろうかという思いがしてしまうのです。どんな古典でも商業演劇でも長く愛されている作品は、その作品の核となるテーマを一言で表せると思うのですが、この作品にはそれがない。あえて挙げるとすれば「混乱」。でも、混乱って現象的なことで、普遍的なテーマにはならないような気がしてしまう。完全な娯楽喜劇として状況の混乱を楽しむならありなんですが。だから、台湾の特殊性を説明されると納得はいくけれど、そこから思いが広がっていかない。それが経典?と思ってしまう所以。


もちろん、喜劇と悲劇というまったく性質のことなる二つの芝居を一つの舞台で見せてしまおうという試みのアイデア自体は当時としては斬新だったのかなあと思います。が、じゃあなぜ、この「暗恋」と「桃花源」の二つの話だったのかがやっぱり分からない。あえて二つの作品を乗せるなら、最後の30分であ~あ、そうだったのか!と思う仕掛けをもう一つ作ってほしいと思うのは、日本的観劇態度なのでしょうか。戯曲というのは、小説などよりずっと組み立てが効くはずで、作品の大前提として組み立てにこだわっておきながら、複線づくりとか急展開とかそういう細かい組み立てはなしかよ!!みたいな。かといって、あえて淡泊にまとめて芸術的品のよさを目指したのかというと、ラストに出てくる人物の描き方がまったくそうなっていない(ネタばれするのでみなはいいませんが)ので意図が読み切れないのです。


ふたつの芝居が短いながら、割と魅せるものだけによけいに二つを一緒にした理由がほしくなります。役者の妙もあるのでしょうが、喜劇の方はとにかくアドリブ的な動きも含め無駄がない。計算されつくしている(20年もやっているのだから当然と言えば当然?)。悲劇の方は、先ほどまで劇外劇で涙もへったくれもないセリフをしゃべっていた役者が急に芝居に入っても結構泣かせる。でもどうせなら、どちらかをたっぷりの時間で見たかったと思うわけです。


ただ、脚本を読んだあとにもう一度作品を見ると、かすかに作品中繰り返されているキーワード的な言葉もあり、もしかしたら繰り返し見ることで、自分の中で深まっていく作品なのかもしれません。


ということで、最終的な評価はやはり劇場で見てからにしておくべし、ですね。

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