北京の器【ブログ】

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大事なセーフティーネット

一人のとき、タクシーはなるべく助手席に乗る派です。


あんなに恐れていた北京のタクシー運転手。R化が徐々に聞き取れるようになってくると、とても楽しいおしゃべり相手だということが分かってきました。


そして、先日。
夕刻が迫る中、運転手のおじさんは、私を観光案内でもするように
「右のあの建物は清朝時代の○○が住んでいたところで…」
などと滔々と語り、我々は和気あいあいとおしゃべりしながら目的地にむかっていたのでした。

盛り上がっていたので、運転手さんはシートベルトを着けることすら忘れ、途中「いけねえ、忘れてた。どこで警察に捕まるかわからないからねえ」とベルトのヒモをカチンと差し込んでおよそ30秒後…



前方の薄暗い背景の中に飛び込んできたのは、白バイ警官の姿。


なんとなく一瞬緊張が走る車内。

と、警官、我々を指差してこっちにとまれと合図しているではありませんか。
「おれ、何かしたかなあ…」と急に落ち着きなくエンジンをとめたり、サイドブレーキをひっぱったりする運転手。

警官が近づいてきて、免許証を見せろという。
なんでも、シートベルトの違反ではなく、車線変更してはいけないレーンで変更した…とのことらしい。
その間も次々と色んな車が捕まるけれど、なぜか免許を見ただけで無罪放免となる人もいたりして、ああ、なんかの有力者なんだろうなあと想像しながら見送っておりました。


さて。
しばらく車外でのやりとり。
運転手さんは一生懸命何かを警官に訴えているみたいだけど、一顧だにされない感じ。
そのうち、運転手さんが思いついたように、どこかに電話をかけながら車内に戻ってきました。
戻って、その辺の紙に電話番号をメモしてる。

会社の有力者にでも連絡するのか?


と思って聞き耳を立てていたら、誰かどこぞやの有力者に警察に連絡してほしいと言っているよう。
その後、その相手から、目の前の警官に連絡が行き、なんとあっという間に一見落着。
あれだけがんとして首を縦に振らなかった警官が、行ってよしのジェスチャーをするじゃありませんか。



運転手さんに聞くと、実は知り合いの知り合いに警察官がいて、その人にお願いして連絡してもらったらしい。
すぐにあとで携帯でお礼の電話を入れていて「とっさに、娘婿だっていっちゃったよ。本当にありがとう。こんど一杯やりましょう」などと話してました。


中国で大切なのは、何よりもコネ。
コネがなければアウト、という実態を思い知った一幕。


ちなみに、車線変更の違反は3点で100元の罰金。
が、タクシー運転手が恐れるのは罰金ではなくて会社に通報されて、三日間の業務停止になること。
彼の一日の売上が500元。三日で1500元も損するなんて、割に合わない…とぼやいてました。

この点数一年間で12点しか持ち点がないらしく、これを二回切らすと首になるそうです。


まあ、日本でも10年(もっとか?)くらい前までは、知り合いにそこの管轄の警察署長がいると、簡単な交通違反くらいもみ消してもらえる…なんて噂もきいたことがあるくらいなので、中国に限ったことではないかもしれませんが。




北京生活情報


にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

教育宣伝?

大学では、北京語言大学のテキストを使って勉強しているのですが、その内容がたまにとても時代錯誤。
出版は1997年なんで12年前なんですが、時代錯誤感は30年くらいの隔たりがある感じ。


この間勉強した単元は、ソ連の宇宙飛行士ウラディミール・コマロフが1967年、単独でソユーズ1号に乗って、地球へ帰還する際にパラシュートが開かず亡くなった…という話だったのですが、それがとっても強烈な英雄譚。


簡単に紹介すると、ソユーズのコントロールが効かなくなって残り地表に激突するまで2時間という時、地上とロケットが回線で繋がれており、さらにそれが全国に生中継されていたという内容。

その際、まずコマロフは、生真面目にも70分を業務の報告にあて(それは国家機密であったので放送は音声を入れずに行われたとされている)、その後残りの時間で、まず大統領から「敬愛なるウラディミール・コマロフ同志、私は国家を代表して君に告げる―君は国の英雄だ。人民の息子だ!人民は永遠にあなたを懐かしみ、広い宇宙は永遠に君を記憶するだろう。君は人民の誇りである!」などと偉業をたたえるほめ言葉をもらい、残りの時間を年老いた母と、妻と、10歳の娘との会話に宛てます。

娘は健気にも「私は英雄の娘だから泣かない。大人になったら私も宇宙飛行士になるわ」などと言ったりしてお涙ちょうだい。

さらに、なんとコマロフの愛人の夫という人がなぜかオペレーティングルームに飛び込んできて、「今迄あなたを殺してやろうと思っていたけど、今になってなぜ妻があなたを愛したのかが分かった!あなたは最も崇高な最も偉大な男の中の男である!」などとわけのわからないことを叫ぶというすさまじい展開。

そしてコマロフは「人民万歳、科学万歳!」などといいながら、神と人民の愛に包まれて死んでいくという―。


すごいでしょ?



出典は「科技汇报」という雑誌。

そして、何が本当にすごいかというと、

この話、全部作り話だってこと。



書き方はまるでノンフィクションなんですよ。
ソユーズも実際に飛んでるし、そこに乗っていたコマロフがロケット事故で地表に激突して亡くなったのも事実。

が、良く考えたら1967年に宇宙飛行を全国に生中継なんてできないし、愛人、勝手にオペレーションルームに入ってこれないよね?


先生いわく、これを教育宣伝と言うのだそうだ。

70年代、中国では教育宣伝のためには、事実をかなり脚色して、人民(特に子供たち)に教訓を学ばせようということが当たり前に行われていたそうで、先生いわく、「新聞記事でないからよいのです。これは一つの故事なのだから」とのこと。

でも、「科技汇报」だよ?
1997年の出版だよ?

しかも外国人(ロシア人もいるかもしれない)向けの教科書に、こういう教育宣伝を載せて、何を教育しようというのでしょうか?

特に愛人のくだり。
そこから何の教訓を読み取れと?
英雄色を好むってか?
よくわからん。


ちなみに、文章をよく読むと、つじつまが合わないことが書かれている場合は、教育宣伝のための脚色(大幅に)がされていると見て間違いないとのこと。



私、事実をベースにした映画とかドラマとかで、事実から飛躍しまくることにも抵抗があるくらいなのに。
(大河ドラマ「篤姫」も後半あまりに政治に篤姫が介入しているので、見る気がしなくなったくらい)


事実がまったくわからない部分をこうあってもおかしくないのではないか?と提示することは創作の範囲としてOKだと思う。

でも、事実が分かっているのに、まったく別の話にしてしまうのは…、すごく違和感なんですが、みなさんどうですか?



ちなみに、本当のコマロフの事故はもっと悲惨だったようで、最初から欠陥だらけのロケットに否応なくのせられ、家族にもロケットに乗ると告げずに出発して亡くなったそうです。

このころは、米ソ冷戦で、宇宙技術をめぐっても両者が激しい競争を繰り広げていましたから、その犠牲者といえるかもしれません。

つまり、決して人民の英雄なんかではないということです。



北京生活情報


にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ
にほんブログ村




私は中国人のこういうところが好きだ

やっと北京に戻りました。


お忘れですか?ろば子です。



なんだか体力の消耗が激しく、昨日は午後9時半に早々と就寝。
ブログってあれですね。一度書かなくなるとなかなか書き始めるのに体力が必要で…。
やはり継続は第二の天性なり、ですね。


今回は、中国在住になって以来3年、初めて日本から中国に戻るのがおっくうに感じ(いつもは一刻も早く中国に戻りたいと思っていた…)、私も柄にもなく異国生活に疲れていたんだ!!ということを発見。そんなこと言ったら、国際結婚の人とかどーすんのよ、という軟弱さなのですが、滞在3年、中国という国にはややこしいこともたくさんあり、ヤバイ地雷を踏まないような気配りとか、大勢の中で淘汰されないように気を張り続ける努力とか、まあ普通ならモリモリクリアできることが、いったん日本の軟弱な空気に触れると、再度気合いを入れるのにちょっと躊躇してしまうというか。

帰ってきたら、いつも通りの生活が始まったわけで、思いすごしなんでしょうけど。きっと。
でも昨日は中国語を聞くのが面倒で、テレビもつけませんでした。(そしたらフィギュアスケートのエキシビジョンがなんと、中国でも放映していたらしい!!ショック!!)


さて、そんな食傷モードを切り替えるべく、中国人っていいなあ、と思ったエピソードを一つ。


帰国の飛行機
今回は、私一人でプリ子とこじゃるを連れて帰ることになり、最初から少し緊張の搭乗。
赤ちゃん連れだというのに、エコノミーの一番前の席が取れなかったという幸先の悪いスタートだったのですが、案の定、シートベルトサインが消えないうちに前に座った女性がシートを倒してくる。


そうするとどういうことが起きるかと言うと、膝にのっけたプリ子の空間が確保されず、我々二人は押しつぶされるような感じで座ることになってしまうんですねえ。後ろの席は、やたらとでかい西洋人で、さらにパソコンを使っていてとてもじゃないが、我々のシートなんぞ倒せそうもない。


身動きとれないっちゅうの!!


この広い機内で、こんなに堂々とシートを倒しているのは、運が悪いことに私の前の席の女性だけ。


中国人だろうか…日本人だろうか…?


逡巡する私。だって、中国人だったら言えば「あ、そう」って感じで戻してくれるけど、日本人だとたぶんものすごく険悪なムードになる。それがいささか怖い。


そう思った私は、合法かつ卑怯な手段に訴えることに。
それは、プリ子けし掛け作戦。(別名:だって赤ちゃんなんだもの~ごめんなさ~い作戦)


なんてけしかけなくても、プリ子は目の前に降りてきたシートにご機嫌斜めなようで、怒ってぎゃあぎゃあいいながら足でけっている。
そしてなんと、クリフハンガーのように前のシートによじ登ると、前の女性の髪の毛をつかんだ!!


こ、こら、それはやりすぎよっ!


女性は、ものすごく怒った感じで、乱暴にシートを元の位置に戻しました。
悪いなあと思いつつ、笑いがとまらない私。
ああ、やっぱり前世は魔女だわ。


しばらく、私たちは平穏な時を過ごしたのですが、なんと食事がすむと再び、あのシートが倒れてくるじゃありませんか!!

プリ子は火がついたように泣きだし、前の女性は再度怒ったように乱暴にシートを元に戻しました。


なかなか手ごわし。
上等ね。そっちがそのつもりなら、こっちだって徹底的に戦うわよ!!


戦闘モードに入った私は、空姐(客室乗務員)を呼ぶことに。
すると同時に前の女性も空姐を呼び止め何か話し出すではありませんか。

空姐、くるりと私の方に向いて中国語で「前の女性が寝たいのでシートを倒していいかと聞いています」とのたまう。
私はムッとして「でも、シートを倒されたら、赤ちゃんと二人は座れない!」と抗議。
ところが空姐、こともあろうか高飛車に「前の方は寝たいんです!!仕方ないでしょう?!」と押してくる。

そうきたか。


こっちだって、一つの座席しか使ってないのに、1500元近く赤ちゃん用にお金を払っている。
私の権利はどうなるのさ!!と思うけれども、そんな時、双方の客を丸く収めるために「では、お客様、ファーストクラスの空いた席に」とならないのがCAなのです。


こういうとき、中国では自分でなんとかしなくてはならない。
業務上の気遣い(サービス)を中国の服務員に求めても無駄だ。

私はとっさに「じゃあ。前の女性と私の席を交換しましょう」と提案。
空姐はしぶっていたけれど私が「じゃ、交換交換」と立ち上がると、前の女性(やはり中国人の20台後半くらいの女性だった)もすっと立ち上がり、席を入れ替わってくれました。


ふう。


結局、後ろの西洋人が倒させてくれなかったのか、お姉さん、席を替ってもシートを倒せず、眠れなかったよう。ご愁傷様。


で、降りる段階になって、私はなんだか申し訳ない気持ちになってきて、「さっきは、ごめんなさいね」と声をかけたところ、怒っているはずだったお姉さんは全然気にしていない様子で「いいの、いいの。きっと赤ちゃん、気圧で耳が痛かったのよね」と言いました。


え?

気圧?




そう…。お姉さんは、シートを倒されて私たちがムッとしていたなんて思ってもおらず、本人も私たちの失礼な行為を気にも留めず、ましてや別に怒ってなどおらず、ただ、静かに寝ようとしていただけだったのです。(だから席代わってからシート倒してなかったのかも…)


その後、彼女とは空港の荷物受取でも一緒になり、わざわざ荷物カートを持ってきてくれ、とても親切ないい人だったということが判明。


日本人は、口に出さずにモヤモヤと心の中で妄想を繰り広げるから、よく勝手に怒りの一人相撲をとってしまう。
その点、中国人(とひとくくりにしていいものかどうかということは置いておいて)は往往にしてそういう裏表がない。小さいことにいちいち目くじら立てない。


私は、中国人のこういう性格が好きだなあと思う。
振り返ってみれば、私の器が小さすぎるということなんだけれど、ね。



北京生活情報


にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ
にほんブログ村



ただいま帰国中。こちら異状なし。

ずっと更新滞っております。

というのもワタクシ、ただいま日本帰国中。


私の故郷というのが、トヨタ自動車のおひざ元名古屋なんですが、今回の顛末でどんだけ街が意気消沈しているかと思いきや、名古屋は今日も割と元気であります。

中国にいると、入ってくるのは日本の不景気な話ばっかりで、ああ、日本に帰りたくないなあなんて思うんだけれども、帰ってみると、若者はおしゃれで幸せそうに歩いていて、ショッピングセンターには欲しいものがすべてそろっていて、デパチカなんか行くと、血圧あがりそうなくらいうまそうなものがズラっと並んでいる。ずばり、平和です。


北京は成長著しいといっても、雨後のタケノコのように乱立するSOHOの中はテナントガラガラ状態で、かゆいところに手が届かないものばかり売っていて、それも数カ月の命で店の入れ替わりが激しい。


なんだかんだ言って、日本にはまだまだ底力が残ってるんじゃないか―そんな楽観的な気持ちになった、今回の帰国。まあ、不景気な話もいっぱい聞いたけどさ。でも、見た目ベースで、日本の地方都市のひとつである名古屋の方が、やっぱり北京よりずっと豊かな感じがするのです。


そんなところに安住しているからダメなんだってのも、また真理だとは思いますが。


あと、驚いたのが日本人女性の優しさ、というか穏やかさ。
子供を連れて眼医者に行ったんだけれども、お会計とか、薬とか渡すとき、窓口のお姉さんが待合室の患者が座っているソファーのところまできて、ひざまづく。あんなにかわいくて優しいお姉さんにそんなことされたら、ワタクシ毎日通って来ちゃってよ。って、待合室にずらりと並んだ60才以上のおじさまたちは、それが楽しくて毎日来ているに違いない。

行きの飛行機でも(CA)、日本人客室乗務員だけ、お客さんの前にひざまずいていた。もちろん中国人客室乗務員は上から目線で普通に話してきます。そして何か文句を言おうものなら、絶対にあやまったりなんかせず、理詰めで反論してきます。もちろん、問題を相手の立場に立って解決しようという姿勢などない。まあ、こっちもまあいい返して自分で解決したけどさ。(この話については後日)


どちらがいいとは言えないけれど、日本人女性のたおやかさになぜか癒される私。
いや、心根を比べたら、どっちだって同じなんですよ。中国人の女性も情が厚くて優しいし。
でも、なんというか、業務上の関係において、ああいう受身的な形態で表現される優しさは、中国にはないなーと思うの。
それにほっとしたというか。
まあ、そんなサービスをお客側が喜んじゃうから、日本の女性の労働条件が厳しくなるのかもしれん。



さて、明日から沖縄。
こじゃるは沖縄行きをずっと前から楽しみにしてきたので、天気がいいとよいなあと思う。

また、帰ってきたら更新します。


中国人の給料

うちに週末遊びに来ていたU君から、興味深い話を聞きました。

それは給料にまつわるお話。


以前から、中国人の給料って、基準がどこにあるんだか全然わからないよなあと思っていたのですが、今回U君の話を聞いてなるほどなと思った次第。



U君はおよそ1年半前に、ほぼ新卒として今の会社に入社しているのですが、その時U君と同じ学校、同じ専攻から他にも3人が同じ年に前後して同社に入社しました。同社は日本企業向けのシステムを開発する会社で、U君も他の3人も同じプログラマーとしてスタート。

ところが、入社して間もなく、金融危機のあおりをうけて、日本企業からのプロジェクト受注ががっくりと減り、同社は従業員の25%を解雇するという大胆な対策に出ます。

そこで真っ先に解雇対象になったのは、4人の同期生のうちのたった一人の女性。
彼女はそのまま同じビルの中にある同じ業種の会社に転職していきます。


それから1年。
同社は再び業績が上向きになり、仕事の受注も伸び始めているとのこと。
最近は昇給もあったというのですが、そこでU君はめでたく昨年比1000元アップの7000元/月という給料を得ます。(1元=13円)

昇給に際しては、プロジェクトマネージャーの査定と、部長による人事面接(直接交渉)の結果が反映されるということで、もともと人づきあいのとてもうまいU君は、日頃から両者とよい関係を築いており、さらに日々の努力を怠らず日本語能力試験の1級に合格したこともあってこの金額になったとか。

部長からの昇給提示は500元だったのを、「ならば辞めます」といって1000元に引き上げさせた交渉術も見事です。職責もプログラマーからブリッジSEを経て、現在はプロジェクトリーダーとして下を育てる業務にも携わっているとか。なかなかの出世道じゃありませんか。


ところで、同社に残ったほかの二人の給料が現在どうなのかというと、仮にA君、B君とすると、A君は500元昇給の4000元、B君は昇給なしの3000元だというのです。同じ仕事をしていて、倍も違うって日本では考えられません。

さらには三人とも同じような専門分野を勉強し、同じ学校を卒業しているというのにです。
B君は、どちらかというと内向的でプロジェクトマネージャーとの関係がよくないとのこと。
すでに転職を考えていると話していました。
先に転職した女性の会社は、とても業績が良いようで彼女も前に比べてずっと給料があがったそうです。



で、U君がその会社でこれからもがんばっていこうと考えているかというとそうではなく、なんとすでに別の会社の面接を受け、給料月額1万元の提示を受けているとのこと。

U君の言い分では、今の会社の部長の給料は1万6000元だが、部長になるまで何年もかかるから、それならもっと早く給料が上がる別の会社に転職したいと言うわけ。


入社して、たった1年半ですよ?


中国と日本では雇用の形態が全く違う。
それは中国人と日本人の考え方の違いにも似ていて、雇用は多分に流動的で一年もせずに転職するのもざらだし、新卒より経験のある方が給料も高いし、その分、競争も激しく給与格差も露骨。各方面での努力がものすごく給与に反映されてしまいます。


果たして、日本人は、同期と倍の給与格差が平気で付くという、こういうモデルの中でやっていけるんだろうか?
と思ったりもするけれど、案外この方が気軽に転職できて楽かも…などと想像したりして。


今や、年齢的、性別的、子ありというハンデを背負って、再就職絶望的な身としては。



北京生活情報


にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ
にほんブログ村

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。